午前10時半から、本年最初の大阪府市長会が開催されました。当選後、初めての市長会とあって、松井大阪府知事と橋下大阪市長が出席され、挨拶をされました。
昨年の「大阪秋の陣」を共に圧勝され、府民・大阪市民の代表として、行政のトップとしてスピード感を持って進まれるでしょう。
両者とも「戦いが終わったのでノーサイド。そして大阪都構想を断行します」と発言されました。
また、松井知事は「都構想については、府市統合本部を立ち上げたので市長会とも意見交換したい」と。橋下市長は「水道事業に関して、広域化・府域一水道を目指す。大阪市は2月議会で、企業団への参加の意思表明をする」と発信されました。「One Osaka」の第一歩として、水道事業の早期推進に向け、他の市町村の協力を求められました。

午後1時、株式会社モンベルの新社屋を訪問しました。昨日、新社屋披露式が行われたそうです。辰野会長や真崎社長とお会いし、「奥河内」の魅力について語り合いました。特に、毎年数箇所で「モンベル」が開催しておられる「SEA TO SUMMIT(シートゥーサミット)」(カヤックと自転車、登山の3種目競技)について伺いました。河内長野市内でも、開催できればいいのですが。


午後5時半から、商工会館において「商工会新年会」が開催されました。ここ数年不景気が続く中、極端な円高や欧州の経済危機に加えて、昨年の東日本大震災による影響で、経済情勢は、一層厳しい状況にあります。しかし、今年は復旧・復興に向けて「絆」を大切に進んでいかなくてはなりません。
本市においても、「奥河内」を中心に観光事業、市産品ブランド化事業を推進し、また、「農の拠点」を中心に農・林・商・工・観光業の連携を図り、産業の振興につなげていきたいと考えてます。


正午より、河内長野荘において「河内長野市遺族会新年互礼会」が開催されました。昨年8月、戦没者墓地参拝以来、久しぶりにお会いした方々もおられました。戦争遺児の方も、もうすでに65歳を迎えておられます。様々な機会をとらえて、平和を願う取り組みを展開しなければならないと考えています。
特に、先日観た映画『山本五十六』を思い浮かべ、若い人たちにどのように伝えるか、そして裾野をどのように広げて行くかを考えていました。
午後6時半より、大阪狭山市のさやかホールにおいて「河内長野地区保護司会新年互礼会」が開催されました。毎年、交互に本市と大阪狭山市とで開催され、献身的に取り組んでおられるみなさんの重要性と難しさを痛感しました。今後ともよろしくお願いいたします。
午後0時半から、「いわわき会新春懇親会」が開催されました。大阪府職員OBと現職のみなさんで30歳代から80歳代までと幅が広く、意見の交換などがなされました。
大阪は今や全国から注目されており、本市も府としっかり連携して諸施策に当たっていかなければならないと考えています。
暦の上では大寒も過ぎ、一年で最も寒い日々が続いています。寒さも増し、全国的にもインフルエンザが流行し、市内の小学校でも学年閉鎖や学級閉鎖が続いていますので、ぜひ手洗い・うがいの励行を。
「大寒の 空(くう)の空(くう)なる 白き道」
私の恩師の句ですが、この時期のピィーンと張り詰めた寒さと、寒さを受け止め、あえて背筋を伸ばし、遠くを見据えて初心に帰れと教えてくれている句に思えます。


午後1時、おそろいの黄色のベストを着た十数名の「河内長野作業所連絡協議会」のみなさんがお越しになりました。
障がい者の就労支援の一環として、障がいをもった方々に、清掃訓練の成果を披露いただきました。掃除機をかけ、机や扉の水拭きの後は乾拭きを丁寧にしてくださいました。おかげさまで、さっぱりときれいになりました。ありがとうございました。
午後3時より、「三日市町駅周辺地区都市再生整備計画評価委員会」を開催しました。「宿場町の歴史を活かしたにぎわいづくりと児童の安全の確保」をメインテーマとして取り組んでまいりましたが、いよいよ整備計画が最終年となるため取りまとめをお願い致しました。
三日市宿は、高野街道の重要な宿場町として栄え、是非ともいにしえの町並みを遺(のこ)して頂きたいと考えていました。また、そのことが、児童生徒にとってもわがまちを誇りに思い、その歴史や文化から多くのことを学ぶと思います。
「空海が歩いた祈りの道」、「真田幸村が大坂城へ急いだ道」、「大名たちが高野詣でに通った道」、「天誅組が集結した宿」など思い浮かべるだけで楽しくなります。
「点」の取り組みが、今「線」になり、そして「面」へと広がっていくことを願っています。


午後6時半から、ラブリーホールにおいて「河内長野市商店連合会新年互礼会」が開催されました。
私が掲げた4K(経済・教育・健康・環境)政策を、昨年は「全面展開の年」と位置付けて取り組んでまいりました。本年は4年目を向かえ、「全面深化の年」とすべく、力いっぱい取り組むことをお約束いたします。さらに、観光のKとして「奥河内」を掲げ、活性化に努めてまいりたいと考えています。
本日は、市政研究会の研修及び総会が開催され、午前9時に市役所を出発し、和歌山県田辺市にある「秋津野ガルテン」と有田郡広川町にある「津波防災教育センター・濱口梧陵(はまぐちごりょう)記念館 稲むらの火の館」に向かいました。
「秋津野ガルテン」は、廃校になった小学校跡地を1億円で社団法人上秋津愛郷会が払い下げてもらい、コミュニティビジネスを立ち上げられたのです。その後、地域コミュニティを進める上で、食育事業、秋津野直売所「きてら」、貸し農園事業、農家レストラン事業、オーナー樹(園)事業、宿泊事業など次々に拡大し、農業法人株式会社「秋津野ガルテン」の今の姿に成長を遂げられました。
地域の真ん中に学校をおき、教育振興、住民福祉、環境保全を通して地産のミカン類と梅を主にした農業の6次産業化に成功され、地域の人口が2倍になったということです。大いに学ばせていただきました。
その後、『稲むらの火』では有名な広川町の津波防災について学びました。江戸末期の安政(1854年)地震津波の襲来時、稲束に火をつけ、その明りを目印に多くの村人を救ったという濱口梧陵(ヤマサ醤油当主)は、その後郷土の復旧・復興のために働き、長さ600メートル、高さ5メートルの防波堤を築造し、後の津波被害を最小限度に抑えました。
まさに、マンパワーがいき、また大いにいかされて成果をあげた2例だと思います。
午後2時から、「廃棄物減量等推進審議会」を開催しました。本市は、「エコのまち 河内長野」をめざし、ゴミのリサイクル率は27%で、府内33市の中ではトップです。今後も、生ゴミの排出抑制や資源ゴミのさらなる分別徹底を図っていきたいと考えています。
4K政策の1つである「環境のK」を推進し、さらに高い目標を掲げて市民のみなさんの協力を得ながら進めていきたいと考えています。
午後6時、河内長野荘において河内長野市交通安全自動車協会の新年会が開催されました。
昨年は、交通安全対策として「子どもと高齢者の交通事故防止」、「飲酒運転の根絶」、「自転車の交通事故防止、安全利用の推進」などを掲げて、交通安全運動に取り組んでいただきました。しかしながら、件数は19件減少して468件ですが、死傷者は若干増えたそうです。
交通事故の原因は、飲酒運転・信号無視・速度超過の3違反に起因することが多く、これらは、ドライバーが意識しさえすればなくせる、減らせる違反です。

午後1時、河内長野市民大学「くろまろ塾」の学位到達者へ、市民学士第1号の学位記を授与しました。昨年6月に開校した「くろまろ塾」ですが、何と12月18日のたった半年で「くろまろ塾市民学士」の200単位に到達されました。その方は、三日市町にお住まいの長井さんです。
「毎日、自転車に乗ってくろまろ塾に通うのが楽しみです」
「河内長野が好きなので、もっともっと河内長野のことが知りたいとの思いで、通い続けています」
「河内長野の歴史、特産品の爪楊枝を通して世界を見るの講義が特に興味深かった。また、竹とんぼ教室で自作の竹とんぼが最も遠くに飛んだのが、最も嬉しかった」
「河内長野美術散歩といった講座も、ぜひ作って欲しい」
学ぶ楽しさを満喫しておられ、くろまろ塾生同士の交流も広がっていって欲しいものです。
午後3時半から、大阪市内で「大阪広域水道企業団首長会議」が開催されました。大阪市を除く42市町村長が集まり、平成24年度当初予算案についてや広域化の取り組み状況などの報告を受けた後、大阪市との統合協議について話し合いました。企業団の代表市町と大阪市とで、約一年の間に検討委員会で統合案の作成に当たることに決定しました。
企業団による府域一水道を目指して、より安全で、より安定した、そして廉価な水が給水できるよう一つ一つハードルを越えていかなくてはならないでしょう。